Bunkamura ザ・ミュージアムで
『 ピカソとモディリアーニの時代 』を観て参りました。
みなさん熱心にイヤホンガイドや目録などを片手に
熱心に鑑賞しておる方が多いのにはビックリいたしました。
タイトルや作成年号・解説などが書いてありますよね
芸術のわきにチョコッと・・・・
多くの人は熱心に読み,そして絵画を鑑賞?するのですよ。
私には
どーも多くの人が 芸術の歴史を現物を通して 勉強・確認 しに
来ているとしか思えないのですけど・・・。
(あまのじゃくでスミマセン・・・・)
それに、正直どーも芸術っーのが分かりません。
芸術・・・大辞 第二版 (三省堂)によると
『美を創造・表現しようとする人間活動およびその作品』
という解釈らしいです。
ということは
うまい・上手・感動する のとはあまり関係ないのですねっ、芸術。
芸術って なんか感動 する物なんじゃないかと思っていたのですが・・・
違うようです。
単純に うまい・上手・感動する 物なら
商業広告にもたくさんあると思うわけですよ。
(それこそ
『美を創造・表現しようとする人間活動およびその作品』も
沢山ありますよねっ)
この商業広告のイラスト等と芸術いったいどこが違うのか・・・・
(個人的に描いたイラストも 芸術 な訳ですよね??
企業や媒体が関与しなければ)
分かるようで良くわかりません。
商業に使ったら 芸術家の作品は 芸術 ではなくなるのでしょうか??
商業に迎合しない作品だけが 芸術 なのでしょうか??
良くわかりません。
それに 芸術 につけられる その値段設定。
(後についた付加価値もしかりですが)
単純にどうして あんな高価な値段 がつけられるのかしらん??
一点ものであるがために価値があるのでしょうか??
(芸術家は作品を
安く・広く・見て 買ってもらいたいとは思わないのかな〜っ???)
そりゃ 個人の評価額 ですから値段はお好きにどうぞ・・ですけど
(まぁ 金持ちはしかたないですよねっ。
庶民とゼロが4桁位へだたりがありますから・・・)
その 評価額と創造性/表現力は それこそ個々によるものですから
鑑賞時にはもっとフランクに観ても良いような気がいたします。
ユトリロの『サン・ルイ・アン・リル通り』
っていう作品が飾ってあっりました。
街をギューっつめたような遠近法で描いた作品なんです・・・
思わず見とれてしまいました。
見とれた点は、建物の窓が歪んで描かれていたんですよ。
さすがユトリロ、
彼の手によると遠近法もこんなに芸術的になるんだなーっと
うっとりいたしました。
・・・ふと ななめ横から作品を見たら
なんとキャンヴァス自体がよれているではありませんかーっ。
ユトリロが歪ませて窓を描いたわけではなく
単純なキャンヴァスの よれ だったのですねーっ。
なんか興ざめいたしました。
(自分にそれとも作品に???)
私の感受性が乏しいのかしらん???