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与謝野晶子さん / 家計を支えるシンガーソングライター
 「与謝野晶子が第一次世界大戦で
  いまは戦ふ時である 戦嫌ひのわたしさへ 今日此頃は気が昂る
  と詠んだことは何故か触れられない。」


とのコメントを頂ましたのでチョコッと調べてみました。






与謝野晶子さんは、女流文学歌人で出征した弟を思い、
「君死にたまふことなかれ」はあまりにも有名だとか。
(1878年 - 1942年 / 63才没)




んでもってこの詩?歌を発表したのは日露戦争最中の1904年9月、
彼女は26歳くらいのことですネ。

歌集『みだれ髪』を出してから3年くらいです。
(有名ですよネっ1? 『みだれ髪』)




私的に解釈すれば林真理子さんみたいなデビューの仕方でしょうか?
(バッシングが来ませんように・・・)



夫の与謝野鉄幹さんが慶應義塾大学文学部教授の職を得るまで
(晶子さんが41歳くらい/1919年)

来る仕事は断らず、
(夫の収入がまったくなかったらしいです)

子だくさんの家の家計を支えていたらしいです、彼女。
(11人の子のを育てあげました)



鉄幹さんが慶應義塾大学文学部教授の職を得る前の
第一次世界大戦(1914年〜1918年)の折、
『戦争』という詩のなかで、

「いまは戦ふ時である 戦嫌ひのわたしさへ 今日此頃は気が昂る」

と歌も作っています。
(つまりまだ家計が大変な時期だったと思われます)



天皇崇拝ととれる歌や1942年(没年)に発表した『白櫻集』
などを上げて『反戦家としては一貫性がなかった』と
巷では囁かれているようです。










・・・詳しく彼女のことを調べてはいないので
誤解をまねく発言かもしれませんが、

彼女はその時、その時のとっても個人的な感情を
時代背景とともに表現しただけであって、
『反戦歌人』と印を押したのは後の人々だと思います。



彼女はどちらかというと『女子教育』に関心があり

「特別に女子のためとして作られた書物は、
 全て女子を低能児たらしめる劣等の書である」

という言葉をのこしてしるそうです。
(東京の文化学院の創立にも携わっているそうです)






『歌・詩』という手段で収入を得、家計を支える
ダメ夫をもつ子沢山のシンガーソングライター。

彼女はそんなイメージです、私にとって。







以上、舌足らずで申し訳ございません。
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by tukasa-gumi | 2014-12-25 22:45 | へえ〜〜っ ? | Comments(0)
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