ASPアクセス解析
AX                

とんでみました
大成功!




無料カウンター

無料



最新のコメント
> levin-ae-1..
by Tukasa-gumi at 00:32
私も時々は、夢であったり..
by levin-ae-111 at 19:38
> levin-ae-1..
by Tukasa-gumi at 20:52
これまた・・・・|д゚)..
by levin-ae-111 at 20:10
> levin-ae-1..
by Tukasa-gumi at 21:49
怪しいなぁ~。 クワバ..
by levin-ae-111 at 21:38
>> levin-ae-..
by Tukasa-gumi at 13:17
コメントした時点で、被害..
by levin-ae-111 at 05:43
> levin-ae-1..
by Tukasa-gumi at 18:24
お早うございます。 カ..
by levin-ae-111 at 08:32








無料アクセス解析











                            
<< 『G20を緊急開催へ 9月下旬... < > 『大人なのに子供の言葉が伝わら... >>
                            
『福島の子どもたちからの手紙』/ 週刊AERA9月5日号
以下 抜粋です。

福島県三春町中学2年・橋本伽耶さんの手記(手紙)です。




b0003330_21491733.jpg




       ーーーーーーーーーーーーーーー

福島の子どもたちからの手紙
ふつうの子供産めますか…週刊AERA9月5日号

原発事故後、
放射能と向き合わなければならない日々を
過ごす福島の子どもたちが、手紙をつづった。
放射能に対する恐れや将来への不安、
その中でも決して失わない夢や希望。
子どもたちの声に耳を傾けたい。

編集部 山根祐作

震災と原発事故から5ヵ月がたちました。
今、福島県を離れて暮らす人は何人いるでしょうか。
そして、福島県に残って窓を閉めて生活している
人はどれほどいるでしょうか。

全国に避難している福島の人たちが
どんな思いで故郷を離れてきたのか、
みなさんにわかってもらえるでしょうか。
福島の子どもたちがプールに入れず、
マスクをして登下校しているこの状況を
安全だと言い張る政府に、
私はとても疑問を感じます。

今まで法律で決まっていた数値を何十倍にも引き上げて、
それが安全だと言われても、私には信じられません。
そんなやり方は、私たち中学生の間でも通用しないでしょう。

福島県三春町から来た中学2年生の橋本伽耶さん(13)が、
自分で書いた手紙を読み上げた。
8月17日、東京・永田町の衆議院第1議員会館で開かれた集会。
目の前に並んだ政府の担当者たちは、
うつむいてノートにペンを走らせ、メモをとるだけ。
伽耶さんは続けた。

…中略。 「いつなくなるの?」
…中略。 長生きしたいです

…中略。 転校したくない!  
…中略。 集団疎開を実現して  

…中略。 一度も校庭に出ていない  
…中略。 夏休みも県外に行けず 

一時帰宅中の福島県三春町から東京の集会に
参加した伽耶さんは、5月末に同町を離れ、
東京に避難した。
東京の中学では新しい友達もできたが、
三春町の友達のことを忘れたことは一日もない。

毎晩夜9時から1時間、
インターネットのチャットで故郷の友達と話す。
学校であったこと、友達のこと……。
「遠く離れていてもチャットで話しているうちに、
朝からずっと友達と一緒にいたような気持ちになれます」

2週間の里帰り

両親から避難と転校を告げられたときは、
泣きじゃくりながら友達の家に行った。
すると、吹奏楽部の友達が、
「転校しなくていいようにして」と両親にかけあったり、
担任の先生に両親を説得するように頼んだりしてくれた。

自分の健康を心配してくれる両親の気持ちもわかる。
でも、残ったみんなはどうなるんだ、と心配になる。
町の中学と友達が大好きだから……。

「大好きな友達と一緒でなければ、
自分の中学時代の続きを生きることができないという気がします。
避難のために町を離れる友達も増えてきて、
いまI緒にいないと一体いつ一緒にいられるんだ、
と思うとつらい」

夏休みにはどうしても友達と会いたくて、
町に2週間帰った。
両親には「―週間以内」と言われたが、聞かなかった。
町では、去年までと同じように友達と夏祭りに行った。
中学の吹奏楽部の練習にも特別に参加させてもらった。
みんなは8月下旬の地区の音楽祭のために猛練習していたが、
転校した自分はもう参加できない。

「自分がもうこの学校の生徒でない
ということが実感できていないのに、変な感じでした」
町の中学の夏休み最後の日となる8月24日、東京に戻った。

放射能が黄色い空気になって町の学校と
友達をのみ込む夢を見たことがある。
その光景が今も忘れられない。
思い出すと、町にいるみんなのことが心配で、
いてもたってもいられない気持ちになる。

伽耶さんの手紙はこう結ばれている。

私の友達を、仲間たちを、
絶対に誰ひとり傷つけないでください。
私たちが将来本当に安心して暮らせるように、
今できる最大限の努力をしてください。
よろしくお願いします。



       ーーーーーーーーーーーーーーー
[PR]
by Tukasa-gumi | 2011-08-30 21:42 | 図書 | Comments(0)
Top↑
アクセス解析
<< 『G20を緊急開催へ 9月下旬... 『大人なのに子供の言葉が伝わら... >>